SEINA TAKAGUCHI

2024

あなたがたに書く断章

text, object, installation

あなたがたに書く断章 画像1
あなたがたに書く断章 画像2

複数の宛先へ向けて書くという行為、その呼びかけがどのような距離や緊張を含みうるのかを扱った作品である。断章という形式を用いることで、ひとつのまとまりへ回収されない言葉の動き、途中で途切れたり、別の方向へ逸れたりする思考の痕跡をそのまま空間の中に残している。

ここでの「あなたがた」は、特定の個人を指し示すと同時に、複数化された読者、まだ現れていない他者、すでに離れてしまった誰かをも含む。単数ではない呼びかけであることによって、言葉の宛先は安定せず、読む行為そのものがつねに揺らぎ続ける。

展示では、テキスト、照明、スタンド、物の配置が互いに支え合いながら、読むことを単なる情報の受け渡しではなく、場に身を置く経験として立ち上げる。そこでは文章は完成した意味のかたまりではなく、見ること、立ち止まること、読み損ねることを含んだ、未整理の状態のまま提示される。

断片的な言葉が複数の方向へひらいていくこと、そしてそれでもなお誰かに向けて差し出されること。その両義性を、静かな展示空間のなかで扱おうとした作品である。

text fragments
あなたがたに書く断章 テキスト画像1
あなたがたに書く断章 テキスト画像2
Year
2026
Format
text, object, installation
Materials
text, light, stand, found objects
Keywords
fragment, address, writing, intimacy, display
production note

本作は、ラジオというメディアを通じて、ここにいない(不在である)存在との関係を再構成する試みである。亡くなった人、あるいは時間や距離によって切断された他者に対して、いまから何が可能なのか。とりわけ、生前あるいは過去において十分に行えなかったケアを、現在においてやり直すことはできるのかという問いを出発点としている。

ラジオは、本来不可視の電波を媒介として、離れた場所にある声や音を現在に呼び出す装置である。この「不在のものを現前させる」という性質に着目し、本作ではそれを単なる情報伝達ではなく、関係の生成として扱う。ここで扱われる声や言葉は、すでに固定された記録ではなく、受信されるたびに現在の時間へと引き寄せられ、聞き手の身体と共有されるものとして位置づけられる。

展示空間に置かれたシルバーの花弁や滴などのオブジェクトは装飾ではなく、ラジオが扱う不可視のものに物質的な輪郭を与えるための要素である。電波や声は本来、触れることも見ることもできないまま空間を通過する。しかし本作では、それらが箱の内部で一時的に留まり、金属の光沢や滴りの形として現れているように見える。溶け、流れ、冷えて固まった亜鉛は、失われた時間や言葉が完全には消えず、別の状態で残留していることを示している。

各装置の内部には、スピーカーや回路とともに、銀色の素材や滴状の造形が配置されている。これらは、西洋における遺影や遺品をアクセサリーとして身につける習慣、あるいは物質に記憶を封じ込める行為を参照している。金属の光沢や滴り落ちる形態は、身体や言葉から切り離された痕跡でありながら、同時に触覚的な実在感を伴う。ここでは、記憶や不在が単なる抽象ではなく、物質的な重みとして扱われている。

作品内で再生されるテキストは、「私/僕」と「あなたがた」という複数の関係性を仮定しながら、共有されなかった時間や言葉をめぐって語られる。そこでは、喪失は単なる欠如ではなく、忘却や解放といった別の状態へと転じる契機としても捉えられている。すでに手紙を書くことのできない相手、あるいは言葉を手放してしまった存在に対して、それでもなお声を向けること。その行為自体が、遅れて到来するケアの形として提示される。

ラジオを通じて同じ音を聞くという行為は、物理的には離れている存在同士を、一時的に同一の時間へと配置する。本作においては、この「同時に聴く」という条件が重要である。観者は装置に近づき、内部に耳を傾けることで、過去や不在に属する声と現在の時間を共有する。ここで成立するのは、再会でも再現でもなく、異なる時間同士が一時的に重なり合う状況である。

本作は、関係の修復や癒しを直接的に提示するものではない。むしろ、緊張や不完全さ、言い残されたものが残り続ける状態を前提としながら、それでもなお関係を引き受けるための最小限の装置を構築する試みである。閉じた箱の内部から発せられる微弱な音は、確実に届く保証のない呼びかけであり、同時に、応答の不可能性を抱えたまま持続する関係のかたちでもある。

ここで行われているのは、過去を再生することではなく、現在において関係を作り直すことである。電波という不確かな媒介を通じて、不在の他者と同じ時間を共有しようとするその試みは、ケアを時間的に遅延させながら成立させる一つの方法として提示される。